空が青くて涙が出るよ

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イライザの怒り - "First Burn"(『ハミルトン』より)

リン=マヌエル・ミランダ神がまたとんでもないものを落としてきました。もう耐えられないよパトラッシュ…。 

投下物の名は"First Burn"。4月分のHamildropでございます。

Hamildropというのは、ミュージカル『ハミルトン』のクリエイターであるリン=マヌエル・ミランダが、様々なアーティストと協力してハミルトン関連のコンテンツ(曲とかミュージックビデオとか)を新たに生み出し、それを今年の12月まで毎月一つずつ公開し世界に提供していくという恐ろしい企画です。

〜過去のHamildropたち〜クリックするとYouTubeに飛びます〜
12月 - ベンジャミン・ファッキン・フランクリンの自己紹介ソング
1月pt1 - Wrote My Way Outのミュージックビデオ
1月pt2 - Wrote My Way Outのリミックス
2月 - ハミルトン・ポルカ
3月 - ハミルトンとDear Evan Hansen夢のマッシュアップ

4月分のHamildropである"First Burn"は『ハミルトン』劇中曲"Burn"の初稿版で、歌うのは各地でイライザを演じた/演じている5人の俳優たち。ニューヨークからはレクシー・ロースン(Lexi Lawson)、シカゴからはアリアナ・アフサール(Arianna Afsar)、アンジェリカ・ツアーからはジュリア・ハリマン(Julia Harriman)、フィリップ・ツアーからはショーバ・ナラヤン(Shoba Narayan)、そしてロンドンからはレイチェル・アン・ゴー(Rachelle Ann Go)が参加しています。元キャストも含めるとイライザって今一体何人いるんでしょうかね…全然追いつけてない…すごい…。

私は初め、「カットされた曲ってわけじゃないし初稿版といっても大して変わらないでしょ。歌詞の微妙な違いとアレンジを楽しむ感じかな」くらいのなめた態度でいたんですが、これがもうどストライクのとんでもない代物でしたよ…私が悪かった…ありがとうございます…。超興奮したので歌詞とかまとめて置いておこうと思った次第でございます。よろしくお願いします(?)


〜これまでのあらすじ〜

マリア・レイノルズと浮気をしていたアレクサンダー・ハミルトンの元に、一通の手紙が届きます。それはマリアの夫、ジェイムズ・レイノルズからでした。二人の関係を黙認してやるから口止め料を払えとジェイムズはハミルトンを恐喝し、ハミルトンはそれを受け入れます。その後のある日、ジェイムズに支払った小切手が発見されたことで政敵たちに政治資金の横領を疑われたハミルトンは、レイノルズ夫妻との一連の関係を正直に話すことで政治家としての身の潔白を証明します。彼らは納得し、聞いたことは口外しないと誓ってくれましたが、噂が膨らみ自分の評判に傷がつくことを恐れたハミルトンは、95ページにも及ぶ「レイノルズ・パンフレット(Reynolds Pamphlet)」を自ら発行します。それは彼が政治資金の不正利用に関わっていないことを証明する代わりに、ジェイムズ・レイノルズの了承の下に彼の妻と不貞行為を働いてきたことを認める内容のものでした。それも詳細に。そしてこのパンフレットはハミルトンの妻イライザの元にも届きます。

 

"First Burn"(オフィシャルミュージックビデオ)

www.youtube.com

歌詞と和訳
("Burn"にも収録されてる歌詞部分は薄字にしてあります)

I saved every letter you wrote me
あなたが私に書いた手紙は全部残してた
From the moment I saw you
あなたを見た瞬間から
I knew you were mine
あなたは私のものだと分かってた
You said you were mine
あなたは私のものだとあなたは言った
I thought you were mine
あなたは私のものだと思ってた

Do you know what Angelica said
アンジェリカがなんて言ったか知ってる?

When I told her what you'd done?
あなたのやったことを私が彼女に話したとき

She said
彼女はこう言った

"You have married an Icarus
「あなたはイカロスと結婚したの
He has flown too close to the sun"
彼は太陽に近すぎるところまで飛んでしまった」

Don't take another step in my direction
やめて  それ以上こっちに近寄らないで
I can't be trusted around you
あなたのそばにいると信用されないから
Don't think you can talk your way
できると思わないでよね  言い逃れすれば
Into my arms, into my arms
私の腕の中に収まれるなんて

I'm burning the letters you wrote me
あなたが私に書いた手紙を燃やしてるところなの
You can stand over there if you want
そこに立っていればいい  あなたがそうしたいなら
I don't know who you are
あなたが誰なのか私は知らないから
I have so much to learn
学ぶことがたくさんありそうね

I'm re-reading your letters
あなたの手紙を読み直しながら
And watching them burn (burn)
それが燃えるのを眺めてる
I'm watching them burn (burn)
手紙が燃えるのを眺めてる

You published the letters she wrote to you
彼女があなたに書いた手紙をあなたは公開した
You told the whole world
あなたは世界中に教えた
How you brought this girl into our bed
どうやってその女の子を私たちのベッドに連れ込んだのか
In clearing your name, you have ruined our lives
汚名をそそぐためにあなたは私たちの人生をぶち壊した

Heaven forbid someone whisper
噂話が広まってたまるかと
"He's part of some scheme"

「陰謀に彼が加担している」という
Your enemy whispers

あなたの敵のささやく噂が
So you have to scream
だからあなたは叫ぶ必要があったんでしょ
I know about whispers
私も噂話には詳しいの
I see how you look at my sister
あなたがどういう目で姉を見ているか知ってる

Don't, I'm not naive
やめて  私はバカじゃない
I have seen women around you
あなたの周りにいる女性たちを見てきた
Don't think I don't see
私が気づいてないなんて思わないで
How they fall for your charms
彼女らがあなたの魅力に惚れ込む様子に
All your charms
あなたの魅力に

I'm erasing myself from the narrative
物語から私の姿を消し去ってるところなの
Let future historians wonder how Eliza reacted
未来の歴史家たちに考え込ませましょう  イライザがどんな反応をしたのか
When you broke her heart
あなたが彼女の心を打ち砕いたときに
You have thrown it all away
あなたは彼女の心を丸々投げ捨てた
Stand back, watch it burn
下がってて  燃えるのを見てなさい
Just watch it all burn
全部燃えるのを見るの

And when the time comes
そして時が来たら

Explain to the children
子供たちに説明することね
The pain and embarrassment
苦痛に辱め
You put their mother through
あなたが彼らの母親に与えたものを
When will you learn
あなたはいつになったら学ぶの?
That they are your legacy?
彼らこそがあなたの遺産だってこと
We are your legacy
私たちこそあなたの遺産

If you thought you were mine (mine, mine)
あなたが私のものだってもし思っているのなら
Don't
やめて

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怒りに満ち満ちている…最高…。「I see how you look at my sister」部分で世界中のハミルトンファンが叫ぶのが聞こえた…私にゃ聞こえたよ…心臓止まったよ…。

『ハミルトン』を知らない方向けに少し補足をすると、イライザの姉であるアンジェリカは、彼女と同じレベルで会話をこなすことのできるハミルトンに強く惹かれていて*1、ハミルトンがイライザと結婚した後もアンジェリカとハミルトンは密接な関係を保ち続けます*2。ミュージカル本編では、この親しすぎる二人の関係にイライザが疑問を呈したり明確に言及したりするような場面はなく、彼女は少し世間知らずでうぶな女性に見えるんですが、"First Burn"におけるイライザはそんな姿を中指立てる勢いで否定してきます。自分はアレクサンダーや周りの人たち、それに観客たちが思っているようなナイーブな人間ではないんだと。全部気づいてたと。突きつけてくるわけです。もう…たまらんね......好き......。イライザはただハミルトンに心酔していただけではなく、冷静に自分のことも周りのことも見えていたし、それをハミルトンに伝えて突き放すだけのガッツもある(こんな確固とした意思を感じる'Don't'聴いたことあります?)。その側面が見えただけで私のイライザに対する愛は500倍増しくらいになりました。

ちなみに、「本編のイライザは少し世間知らずでうぶな女性に見える」とは言ったんですが、典型的な受け身の女性像をこのミュージカルが肯定的に描いてるとは全く思いません。というのも、"Burn"という歌は、それまでハミルトンの圧倒的魅力の影に隠れていたイライザが主体性を持ち、彼女が主体的に考え主体的に行動していく姿を描いたものなんですよね。主導権を握っているのは間違いなくイライザなんです。例えば、この"Burn"の歌詞には「あなたが私のものだった頃の思い出だけを抱いてオフィスで寝ることね(You sleep in your office instead with only the memories of when you were mine)」というものがあって、これって普通なら「私があなたのものだった頃」と言ってしまいそうなんですが、そうはしていません。なぜなら主導権を握っているのは彼女だから。あくまでも彼女が主体的にアレクサンダーを手放した/見限ったということを表しているわけです。

ファンからの、「"First Burn"に表れている怒りのイライザではなく、もっと受け身なイライザを本編で採用したのはなぜ?」という質問にリン=マヌエル・ミランダはこう答えています。

I totally disagree. In the final Burn she has agency, and makes a decision to destroy Hamilton’s best self. In this draft she’s angrier, but it’s entirely reactive.
そうだ(受け身のイライザを採用した)とは全く思わないよ。彼女には主体性があり、彼女は決意する、ハミルトンにとっての最高の自己を打ち砕くことを。この草稿では彼女の怒りはより強いが、その怒りは(ハミルトンの仕打ちに対する)受動的な反応なんだ。

イライザが決意してやったこととは、具体的に言うと「ハミルトンがこれまでに書いてきた手紙を燃やした」というもの。孤児で貧しい生まれだったハミルトンが何よりも大切にし価値を置いてきたものは、後世にまで残る彼の名声(reputation)と遺産(legacy)でした。だから彼はどんな時でも、残された時間が僅かであるかのように様々なものを書いて書いて書きまくっています(How do you write like you're running out of time?)。そうやって残した軌跡が彼の未来の遺産になると信じて。自分の無実を証明するために95ページにも渡るパンフレットだって書き上げました。しかし、その、大事な後世における名声に傷を付けまいと彼がとった行動は、家族の破滅に繋がるものでした。歌詞にあるように、ハミルトンは自分の汚名をそそぐためにイライザ含む家族の人生をぶち壊した(In clearing your name, you have ruined our lives)んです。そのことがイライザを傷つけ、怒らせます。そして彼女は考え決心するわけです。彼が彼女に書いた手紙を燃やしてこの世から消し去ろうと。彼の綴ってきた言葉たち、彼にとっての未来の遺産(legacy)となるこの言葉たちこそがハミルトンの動機そのものなのだから。ハミルトンは自分の残す遺産を何よりも(自分自身よりも、家族よりも)重要視し、文字を書いて書いて書きまくってきたわけですが、最終的にその遺産の命運を握っているのはイライザなんです。 

これは余談ですが、先ほどのリン=マヌエル・ミランダのツイートについていたコメントの中に「怒りに満ちた初期対応の中でさえも、イライザが(ハミルトンの浮気相手である)マリアを非難することは一度もない」というものがあって「確かに!!!!!!」と思いました。イライザの溢れる怒りは確かに100%全部アレクサンダー・ハミルトンに向けらたものですわ…いやーすごい!気持ちいい!

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ハミルトン本編のCD↓

Hamilton / O.B.C.R.

Hamilton / O.B.C.R.

 

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*1:詳しくは"Satisfied"を聴いてください。泣きます。

*2:それでもアンジェリカにとっては妹イライザの幸せが何よりも大切なものだったので、不倫してたとまでは言い切れません。詳しくは"The Reynolds Pamphlet"を聴いてください。泣きます。