空が青くて涙が出るよ

映画やミュージカルやテレビドラマの話などをします。

スクリーン内の「自己」 - ベイビー・ドライバー

テキーラ! 

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8/19に公開された『ベイビー・ドライバー』を観てきました。カーアクションシーンもかっこよさが度を超えると涙が出るんだということを学びました。

ベイビー・ドライバー』において間違いなく大きな要となっているものは音楽とカーアクションですが、私は音楽も車も詳しくないのでこの映画のもう一つの輝かしいポイントであるキャスティングの話をしたいと思います。ストーリーのネタバレはありません。

ベイビー・ドライバー』の主役は『きっと、星のせいじゃない(The Fault in Our Stars)』でティーンを中心に絶大な人気を獲得したアンセル・エルゴート。そしてその脇を固めたのはケヴィン・スペイシージェイミー・フォックスジョン・ハムリリー・ジェームズなど全員が主役を演じられるじゃないかという豪華な顔ぶれでしたジョン・ハムNetflixオリジナルドラマ『アンブレイカブル・キミー・シュミット』で主人公キミーを15年間地下壕に閉じ込めたカルト教団の教祖役をやっているので『ベイビー・ドライバー』を観て「これ以上かっこいいジョン・ハムを見ると脳みそが爆発しそう」状態の方は観てみてください。気持ち悪くて最高に面白いジョン・ハムが見られます)

名実ともにある大物俳優ばかりが揃っている『ベイビー・ドライバー』ですが、そんな彼らにも引けを取らない演技を見せつけ観客に大きな印象を与えた俳優がベイビーの養父ジョセフを演じたCJジョーンズなのではないでしょうか。彼の演技や彼とベイビーとの関係性が鮮明に記憶に残る最高のものであったのはもちろんのこと、ろう者のキャラクターを登場させ、その役に実際にろう者の俳優をキャスティングしたという事実が本当に素晴らしく、そのことに思いを馳せるだけで嬉しくてちょっと涙が出そうになります。

ハリウッドにおいて、映画やテレビドラマ内での多様性に欠けるキャスティングやキャラクタークリエイティングは近年特に批判され改められてきています。白人でヘテロセクシュアルのシスジェンダー男性が登場キャラクターの多数を占めていたのが、最近では女性キャラクターの登場率も上がり、ゲイやレズビアントランスジェンダーのキャラクターや非白人のキャラクターを目にすることも少しずつ増えてきています。しかし、そんな現実社会を反映させた多様性を目指し改善がなされてきた現在の映画・TV業界でも変わらず取りこぼされ不可視化されてきたのが、障害を持つ人々です。

The Ruderman Family Foundationが行った調査によると、アメリカにおける障害者の割合は人口の約20%を占めるにも関わらず、テレビ(2015〜2016シーズン)に登場した障害を持ったキャラクターの割合は1%以下であり、更にそのうちの95%を障害を持たない俳優が演じているといいます。障害を持つキャラクターの役が非常に限られている上にその役にさえも障害を持つ俳優が雇用されないという状況は映画業界でも同じで、最近では今年7月にアメリカで公開された映画'Blind'で盲目の男性役にアレック・ボールドウィンが起用されたことが問題となりました(Entertainmentの記事)。 

こういった議論で必ずと言ってもいいほど目にするのが「自分とは違う人間を演じるのが俳優なんだから健常者が障害者を演じても問題ない」という主張ですが、これは「健常者」と「障害者」が入れ替わっても同じように成り立たない限りはただ健常者が障害者の雇用機会を奪うだけになるので問題ないわけないですし、また、The Ruderman Family Foundationの会長Jay Rudermanは「障害はコスチュームではない」と主張しています。

ベイビー・ドライバー』の話に戻りますが、この映画でろう者の役にろう俳優のCJジョーンズを登用したことは、映画産業界での平等な雇用を実現するための一歩として重要な意味を持つと同時に、作品の登場人物のリアリティを追求する上でも大きなカギを握っています。

NewsroomのインタビューYahoo! Moviesのインタビューによると、エドガー・ライト監督は最初にCJジョーンズのオーディションを行い、その後何人か聴者の俳優も試してみたそうですが、ろう者を演じる聴者俳優(actors pretending to be deaf)を見るとすぐに違和感を感じ、CJを直ちに呼び戻す必要があると判断したそうです。それほど違いは明白で、監督にとってジョセフ役にCJジョーンズを選んだのは「頭を悩ます必要のない問題」だったといいます。

Adam Membreyというろう者で教育者の方が書いた『ベイビー・ドライバー』の記事でもこんな言及がされています(すごく良い記事なので時間のある方はぜひ全文読んでみてください)。

if you ever hear anyone say “How can you tell the difference if the hearing actor learns sign?” show them any conversation Baby and Joseph have, over and over and over again. As someone who uses sign for work and conversation, I can absolutely tell that Baby has learned it and Joseph knows it. The difference is unmistakable

もし誰かが「手話を学んだ聴者の俳優かそうでないかの違いを見分けられるの?」と言うのを耳にしたらどれでもいいからベイビーとジョセフが交わした会話を何度も何度も見せるといい。仕事でも会話でも手話を使う者として私は、ベイビーは手話を学んだ(has learned it)者でジョセフは手話を知りつくしている(knows it)者だと断言できる。違いは明白なんだ。

こうした「マイノリティ」のキャラクターがリアリティのある姿で当たり前のように作品内に存在しているということは、そのキャラクターと同じコミュニティーに属する人々にとって非常に大きな意味を持ちます。映画やテレビという社会全体で楽しまれている娯楽作品に、自分と同じ見た目をしているキャラクターや、自分と同じ障害を持っているキャラクター、自分と同じ性的指向のキャラクターが他のキャラクターと同じように存在しているということが、「自分も社会に認知されている/居場所がある」というメッセージにつながるからです。それまで当たり前のように無視され、存在が不可視化されてきた「マイノリティ」たちにとっては、スクリーン内にいる自分に似たキャラクターの存在が「自分も社会の一員である」という証拠になり、自分の「声」になるんです。『ベイビー・ドライバー』のような、大手映画会社が製作した全国規模で大々的に公開される映画内ならなおさらその影響は大きいです。

ベイビー・ドライバー』では常に様々な音楽がその場を支配していますが、そんな中でも耳の聞こえないジョセフが場違いになることはなく、彼は彼の方法でベイビーと共に音楽を楽しみます。こうした、障害者を社会(映画)から切り離した存在としてではなく、社会(映画)の一員として描いているところが『ベイビー・ドライバー』の素晴らしい点なのではないかと思います。 

最後にまたAdam Membreyさんの文章を引用させていただきます。

I left Baby Driver completely jazzed. Not just because it’s a great movie made by a great artist absolutely firing on all cylinders - but because I got to see CJ Jones in a major studio film, and given the respect and attention to his character that I could only dream of. It left me just as buzzed as any of the perfect pop songs Wright put into his film.

It reminded me that I’m not alone.

私はすっかり陽気な気分で『ベイビー・ドライバー』を後にした。それがエンジン全開の素晴らしいアーティストによって作られた素晴らしい映画だからというだけではない − CJジョーンズを大手映画会社の映画で見ることができたからだ。そして彼のキャラクターには私が夢に見ることしかできなかった敬意と配慮が注がれていた。それはライト(監督)が映画に挿入した完璧なポップソングのどれにも負けないくらいの興奮を私にもたらした。

それは私は独りではないということを思い出させてくれた。 

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94才のお母さんに大スクリーンに映る息子を見せることができたと喜ぶCJジョーンズ。涙で前が見えない...


上映館。少ないですが行ける距離にあったら是非。
ベイビー・ドライバー 劇場情報

サウンドトラック。映画を観た後に聴くのも映画を観る前に聴くのも映画を観た後に聴いてもう一度映画を観に行くのもアリだと思います。

Baby Driver (Music From The Motion Picture)

Baby Driver (Music From The Motion Picture)

 

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「耳が聞こえなくても音楽が楽しめないわけじゃない」ということを私に教えてくれ、「ミュージカルってなんて素晴らしいんだ」と改めて思わせてくれた作品である、Deaf West Theatreによる『春のめざめ(Spring Awakening)』の動画も置いておきます。キャストの約半数がろう者または難聴者で、振り付けにはアメリカ手話が取り入れられています。詳しい説明はここここなどを参照してみてください。曲は"Touch Me"。

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