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空が青くて涙が出るよ

ブログタイトルはビートルズのBecauseという曲からです。深い意味はありません。

Next to Normal

8年ほど前に上演されたミュージカルの話。若干ネタバレしてます。

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特に読む必要のない前書き

「ミュージカル」と聞いてイメージするものってどんなものでしょうか。私は、ミュージカルにそれほど興味がなかった頃は「豪華な衣装と舞台装置があって、キラキラした歌をキラキラした人たちが歌ってる底抜けに明るいもの」というイメージがあって、ほぼミュージカルに触れたことがないにも関わらず「現実離れしてて感情移入できなそう」となんとなく思っていました。そんな私の「ミュージカル」のイメージをことごとく覆し、私がミュージカルにハマるきっかけとなった作品が「レント(Rent)」と今回紹介する「Next to Normal」です。レントに関しては何回か来日公演もしてるし映画版も舞台版もDVDが発売されていて情報が溢れるほどあると思うのでそちらを探してみてください。

「ミュージカル」という芸術の持つ強みの一つは「内面の感情を歌やダンスに乗せてぶちまけられる」点だと思ってます。ミュージカル作品の登場人物は、普通なら表に出せない感情も歌として爆発させることができ、語りかけるよりももっと直接的に感情を観客の心に訴えかけることができます。また、言葉にならない感情でもダンスで視覚的に訴えることができます。ミュージカル映画なり舞台なりが盛り上がる度に「いきなり歌い出す意味がわからない」なんて言われたりもしますが、ミュージカルで歌い出す/踊り出す瞬間というのは何かしらの感情が湧き上がり発散される瞬間であり、「外面世界」に「内面世界」が入り込む瞬間だと私は思っています。外からは見えない感情をより分かりやすく観客に伝えるために歌とダンスという手段を取っているだけで実際に歌ったり踊ったりしているわけではありません、大抵は。というかそもそも他の芸術作品では求めない「現実性」をミュージカルにだけ求めるっていうのも変な話ですよ(ここでいう「現実性」というのは物語の内容そのものの現実性ではなくそれを語る手段の現実性のことです)。

Next to Normalの話

Next to Normalには私の思うミュージカルの強みが詰め込まれています。この劇に登場する人物はたった6人。現代の一つの家庭を舞台に、中心となるキャラクターたちは皆「普通」の生活を求めながらもそう上手くいかない人生に苛立ち悩み、鬱屈した思いを抱えていて、その思いを吐き出すように歌が使われます。「ミュージカル=ハッピーなもの」という漠然としたイメージを持っていた私は、2009年のトニー賞でのパフォーマンスを見て「こんなミュージカルが存在するのか」と強い衝撃を受けました。当時は財力も行動力もなかったので直接ニューヨークまで観に行くことはできませんでしたが、英語がわからないながらもCDを聴いたりYouTubeで動画を探したりしていた記憶があります。数年前にアマゾンで台本を買いやっと全体像と細かい台詞を知ることができたのですが、内容を知れば知るほど「なんて作品なんだ」という思いが高まっていきました。胸を打たれるとかそんな言葉では全然足りなくて、心臓をもぎ取られる感覚に近いです。

トニー賞で披露された"You Don't Know"と"I Am The One"という曲では、妻ダイアナが夫ダンの言葉に激情する瞬間に音楽が転調するところから始まり、歌を通じてそれぞれの感情がぶつかり合います。途中二人の間に割り込むのは16年前に亡くなった息子ゲイブ。ゲイブはダイアナの妄想として登場するのでダンにその姿は見えません。...もしくは見えてるけれど見ようとしていないのかも。

プレゼンターとして作品紹介を行ったのは自身も双極性障害と向き合い闘ってきたキャリー・フィッシャー。この短いスピーチだけでも彼女がどれほど強い人間だったかを伺い知ることができます。

Next to Normal is about one woman's struggle with manic deression and the toll it takes on her family. Well, Next to Normal's surging score tells the intense, emotional and ultimately hopeful story of how a family comes to terms with their past and faces their future. The song finds Diana arguing with her husband about her course of treatment in her mania. She imagines that her son comes to her rescue and that he and her husband fight for Diana's attention and devotion.

Next to Normalは一人の女性の躁鬱病との闘いとそれが家族にもたらす影響を描いた作品です。Next to Normalの押し寄せる楽曲は、一つの家族がどうやって過去に折り合いをつけ未来と向き合うかという、強烈で感情的で最終的には希望ある物語を語ります。この歌ではダイアナの躁鬱の治療法に関して彼女と夫が口論になります。ダイアナの妄想で息子が彼女を救いに現れ、息子と夫が彼女の関心と献身的愛をめぐって争います。 

www.youtube.com

歌詞と和訳
(文章を横分割する方法が分からなかったので同時に歌ってる部分かなり見づらいです。やり方教えてください)

[DAN] (spoken)
Diana, look, I know this is hard.
ダイアナ、なあ、つらいことだって分かってるよ。

[DIANA] (spoken)
You know, really?
分かってるって、本当に?
What exactly do you know?
一体何を分かってるっていうの?

[DAN] (spoken)
I know you're hurting. I am, too.
君が苦しんでるって分かってる。僕もだよ。

<You Don't Know>

[DIANA]
Do you wake up in the morning and need help to lift your head?
朝目が覚めて頭を起こすのに手助けが必要なの?
Do you read obituaries and feel jealous of the dead?
死亡記事欄を読んで死人を羨ましく思う?

It's like living on a cliffside not knowing when you'll dive.
いつ自分が飛び込むかも分からずに断崖の上で生きている感じなの
Do you know, do you know what it's like to die alive?
あなたに分かるの、生きながら死ぬ感覚があなたに分かる?

When the world that once had color fades to white and gray and black.
かつて色のついていた世界があせて白と灰色、黒に変わっていく
When tomorrow terrifies you, but you'll die if you look back.
明日のことを考えるとゾッとするけど過去を振り返ると死んでしまう

You don't know.
あなたは分かってない
I know you don't know.
私には分かる、あなたは分かってないって
You say that you're hurting, it sure doesn't show.
あなたも苦しんでるって言うけど全然そうは見えない
You don't know
あなたは分かってない
It lays me so low
それがどれだけ私を打ちのめしてるか
When you say let go, and I say you don't know.
あなたは忘れろって言うけど、私は返す、あなたは分かってない
The sensation that you're screaming, but you never make a sound.
叫んでいる感覚はあるのに一度も音を立ててない
Or the feeling that you're falling, but you never hit the ground.
落ちていってる感覚はあるのに地面にはいつまでたってもぶつからない
It just keeps on rushing at you day by day by day by day.
来る日も来る日も自分に襲いかかり続ける
You don't know, you don't know what it's like to live that way.
あなたは分かってない、こうやって生きるのがどんな感覚か

Like a refugee, a fugitive, forever on the run...
難民みたいに、逃亡者みたいに、永遠に逃げ回ってる
If it gets me it will kill me, but I don't know what I've done.
追いつかれたら殺されてしまう、でも分からない、私が何をしたっていうの

<I Am The One>

[DAN]
Can you tell me what it is you're afraid of?
教えてくれないか、何を君は恐れているんだ?
Can you tell me why I'm afraid it's me?
教えてくれ、僕を恐れているんじゃないかと思ってしまう理由を
Can I touch you?
触ることもできないのか?
We've been fine for so long now
長いことうまくやれてたじゃないか
How could something go wrong that I can't see?
知らないところでどうやって間違うんだ?
Cause I'm holding on
僕はつなぎとめて
and I won't let go
決して離さない
I just thought you should know
君は知っておくべきだ

I am the one who knows you
君のことを分かっているのは僕だ
I am the one who cares
君を気にかけているのは僕
I am the one who's always been there
いつもそばにいるのは僕
I am the one who's helped you
君を助けてきたのは僕
And if you think that I just don't give a damn
僕が君のことをちっとも気にしてないなんて思ってるなら
Then you just don't know who I am
君は僕のことを分かってない

Could you leave me?
別れる気なのか?

[GABE]
Hey Dad, it's me
ねえ父さん、僕だよ

[DAN]
Could you let me go under?
僕を捨てるのか?

[GABE]
Why can't you see?
なぜ僕が見えないの?

[DAN]
Will you watch as I drown
僕が溺れていくのを見て

[DAN/GABE]
And wonder why? / I wonder why
不思議に思うのか?/不思議に思うよ

[DAN]
Are you bleeding?
血を流してる?

[GABE]
Are you waiting?
待ってるの?
Are you wishing?
祈ってる?
Are you wanting all that she can't give?
母さんが与えられないものを求めて?

[DAN]
Are you bruised?
傷ついてる?
Are you broken?
弱ってる?

[GABE]
Are you hurting?
苦しんでる?
Are you healing?
癒えてる?
Are you hoping for a life to live?
自分の人生を望んでる?

[DAN]
Does it help you to know
これを知って楽になるかい

[DAN/GABE]
That so am I / Well, so am I
僕も一緒だって/僕も一緒だよ

[DAN]
Tell me what to do
どうしたらいいのか教えてくれ

[GABE]
Look at me
僕を見て

[DAN]
Tell me who to be
教えてくれ、どうすればいい

[DAN/GABE
So I can see / Look at me
そうしたら僕にも分かる/僕を見て
What you see / And you'll see
君の見ているものが/そうしたら分かるよ
I am the one who'll hold you / I am
君を支えるのは僕だ/僕だ
I am the one who'll stay / I am
これからもそばにいるのは僕/僕だよ
I am the one who won't walk away / I won't walk away
君を置いてどこにも行かないのは僕/僕はどこにも行かない

[DAN]
Yeah, yeah, yeah
I am the one who'll hear you
君の言葉に耳を傾けるのは僕だ

[GABE]
I am
僕だ

[DAN/GABE]
And now you tell me
君は言うんだろ
That I won't give a damn / You don't give a damn
僕は気にかけてないって/気にかけてない
But I know you know who I am / Who I am
だけど僕は知ってる、君は僕を分かってるって/僕を

[DAN/GABE]
Yeah, yeah, yeah, yeah
That's who I am
これが僕だ
Yeah, yeah, yeah, yeah
That's who I am
これが僕
Yeah, yeah, yeah, yeah

[DAN]
That's who I am
これが僕だ
Cause I'm holding on
僕はつなぎとめて

[DIANA]
You say that you hurt like me
あなたは言う、私みたいに傷ついてるって

[GABE]
And I won't let go
決して離さない

[DIANA]
You say that you know
私の気持ちが分かるって

[DAN/GABE]
Yeah, I thought you should know
知っておくべきだ

[DIANA/DAN,GABE]
You don't know / I am the one who knows you
あなたは分かってない/理解しているのは僕
I know you don't know / I am the one who cares
私には分かる、あなたは分かってない/気にかけているのは僕
You say that you're hurting / I am the one who's always been there
あなたも傷ついてるって言うけど/いつもそばにいるのは僕
I know it ain't so / Yeah, yeah, yeah
そうじゃないって分かってる
You don't know / I am the one who needs you
あなたには分からない/君(母さん)を必要としてるのは僕
Why don't you just go / And if you think that I just
ただ立ち去ったらどうなの/もしも思ってるなら
Cause it lays me low / Don't give a damn
だって打ちのめされるの/僕が気にかけてないなんて
When I say
こうやって口に出すと

[DAN]
Then you just don't know who I am
君は僕のことを分かってない

[DIANA]
You don't know
あなたは分かってない

[DAN]
Who I am
僕のことを

[DIANA]
You don't know
分かってない

[DAN]
Who I am
僕のことを

[GABE]
You just don't know who I am
僕のことを分かってない

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最後の一言が、たまりませんね。同じ言葉でも発する人物が違うだけでこんなにも印象が変わるのかと。

この歌では出てこなかった、二人の娘ナタリーの「叫び」も少しだけ紹介します(劇中曲"Superboy and the Invisible Girl"より)。

Superboy and the Invisible Girl
Son of Steel and Daughter of Air
He's a hero, a lover, a prince
She's not there
特別な男の子と透明な女の子
鋼でできた息子と空気でできた娘
彼はヒーローで愛する人、王子様
彼女は存在しない

www.youtube.com

動画でも分かる通り、この曲は最後の方になるとゲイブがナタリーの歌を乗っ取るようにして声を重ねていきます。"Superboy and the Invisible Girl / She's not there(特別な男の子と透明な女の子/彼女は存在しない)"なんて言葉を重ねていくんです、実在しないはずのゲイブが。もー怖い。

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このミュージカルでいいなあと思う点の一つは、「誰も悪くない」ということです。子供を失ったことで精神を病んでしまい、その対処法を探しているダイアナ、ダイアナを支え続ける思いはあるものの同時に疲れと苛立ちを感じているダン、自分を見てくれない両親に嫌気がさし早く家から出ていきたいと思っているナタリー、、自分の歩んできた人生によって誰に深く感情移入するかは変わってくると思いますが、その人物以外のキャラクターの気持ちも痛いほど伝わってきて「この人が悪い」と簡単に言うことはできません。この物語は現実的で決して人ごとではなく、観客の誰もがダイアナ、ダン、ナタリーになる可能性を持っています。だからこそ、絶対的な「悪」を置かないでどの立場の人間も責めずに寄り添う余地を与えているというのは本当に重要なことだと思いますし、そんな難しいことをやってのけた制作者の方々には感服します。重いテーマを扱っているのにユーモアがこれでもかというほど盛り込まれていてとても笑える作品になっているのもすごい。

上演はとっくに終わっていて生で観ることは叶いませんでしたが、年齢を重ねるごとに見方が変わってくる作品だと思いますし、これからも心のどこかに残し続けて大切にしたい、そんな作品です。

 

おまけ。ゲイブを演じるアーロン・トヴェイトが歌う"I'm Alive"という曲。超生き生きしてて超怖い。
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CD。歌詞カード付き。

Next to Normal

Next to Normal

 

台本。本編だけだと大体100ページくらい。この作品はほぼ歌で構成されていて台詞は全体の10%くらいの割合なのでCD聴くだけでも十分楽しめるとは思います。

Next to Normal

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